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M.リヒターと「ディスコネクト」 [音楽、そして生きること]

3月に、箕面の市民芸術祭というのに出演させていただいた折、マックスリヒターの曲を演奏した。オープニングに使用された曲は、全編私の16分音符がびっしりと敷き詰められていて、ミスなく完奏できるかどうかの闘いであった。
それとは別に、この美しい音楽を、どんな風に創り上げるか、メロディーらしきこの細かい動きを、どう歌うか・・・、アルバム「メモリハウス」に収録されている演奏を何度も聴きながら、イメージを練る日々。ところが、だんだん、別のものが見え始めてきた。この音楽は、ただ、「音楽」なだけで、演奏でどやこやするもんやない、と。メロディーとか、リズムとか、和音がどうしたこうしたの音楽ではない。曲に馴染んでくるにしたがって、自分が勝手にこの音楽に引っ張られて行くのがわかる。自分の演奏しているのは、いわば、「この曲を構成するマテリアルの一つ」であって、黙々と曲の進行とともに進めばいい、という気がした。本番では、気持ちのいいほどに、ただただ音楽に流されていた。こんな風に演奏したのは、初めての経験だった。
彼の他の音楽もそうだけど、この独特な風合いは、バックグラウンドでもなく、明確な提示もあまりなく、でも抽象でもなく。やはり、マテリアルが素晴らしいまでに構成されたオブジェクトである、そして。最後に、大切な箇所が空けてある。それは、音楽を聞く人である。この音楽には、聞く人がいか様にもイメージを重ねて完成させられるように、可能性が広げられたままのように思える。「ポスト・クラシカル」、怪しい言葉だと思ってたけど、なかなかステキな響きでもある。
箕面の舞台では、舞踊家が素晴らしいパフォーマンスでこの曲を完成させてくれました。

で、リヒターが音楽をやった映画「ディスコネクト」見ました。
音楽を目的に映画行くのは初めてかも。以外と起伏に富んだプロットで、熱過ぎでも冷めすぎでもなく、しっかりした映画でした。俳優陣も、みんな、好演。そして、リヒターの音楽、その他挿入曲もよかった。どのエピソードも、見る人の感じ方に委ねられてるとこが多くて、そこがまた、リヒターの音楽とよく合っていた。
音楽目当てに行ったけど、結構ストーリーに引き込まれてしまった。いやあ、ネット、こわいなあ・・・。でも、ネットどうこういう映画ではなく、「ネット」を題材にとって、生身の人間の絆を問う作品だった。ハデな演出も、驚くようなしかけもないのに、翌日になっても、いろんなシーンがよみがえる、そんな映画です。
リヒターのアルバム画像に続いて、
映画のフライヤー。
もう一つは、劇場のトイレの個室ドアウラに貼られていた。やるなあ・・・
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